勿体ない
Posted By 福田 浩 on 2008年11月13日
清水寺で森貫首のお話を聞いてきました。
年末に字を書くあの人ですね。
こんなことを仰っていましたね。
猊下が学生時代に聞いた話として
・人として生まれたありがたさ
・仏法を聞けたかたじけなさ
・今の時代を生きるもったいなさ
これをずっと忘れないんだと。
もったいないというと、あのケニアかどこかのおばさんがなんか言ってましたが、京都議定書の時にそのおばさんに会って話をしたんだそうです。
もったいない、と言う言葉は、「勿体無い」つまり「体を無にすること勿かれ」という意味で、その中でも「体」というのが大事なんだと。
「体」には物質としての体と命、エネルギーとしての体があって、日本人はこの二面を同時に感じ取る。
日本人は、そこにある柿にも花にも形だけでなく命・エネルギーを感じる。生き物だけではなく、道ばたの石ころにさえ命が宿る。
人として生まれ、万物の無限のエネルギーの中で今の時を生かされているありがたさ。そのことを知るかたじけなさ。そこに見えてくる体を無にすること勿れ。
スゴイことをとても分かりやすく話される方でした。
僕は大学時代にジーザスクライストスーパースターというミュージカルでカヤパをやったときから、キリスト教、仏教の本を図書館で読みあさったことがあります。統一教会を論破するのも一つの目的でしたが。
システムエンジニアをやっていた頃もよく禅とかを勉強していました。ストレス解消には禅の言葉を味わうのは良いですよ。
またちょっと、そういう本を引っ張り出してみようかな。
猊下にはまた、お話を聞かせていただきたいものです。
有り難い、かたじけない、勿体ない時間でした。


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