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富山の薬売り

Posted By 福田 浩 on 2007年11月18日

富山の薬売りについてちょっと調べてみました。

よく言われる「配置薬」「先用後利」という仕組みは、富山のオリジナルではないんですね。それ以前から普通にあった。
ですが、配置薬というと富山の薬売りというイメージがある。

いろんな偶然が重なった部分はあると思います。
富山藩第2代藩主前田正甫の功績というのも有るのでしょう。
ただ、彼は決して名君ではなく、浪費家で富山藩はただでさえ貧しいところにさらに財政難で何とかしなければと言うところもあったのでしょう。
北前船の重要な拠点であり、北海道の昆布を薩摩を通して琉球から密貿易し、大量の漢方薬を手に入れたという地の利も商才も有ったのでしょう。

僕が注目するのは、「オマケ」です。
おそらく、世界でもかなり早い時期に「オマケ」を意識的に使ったのは富山の薬売りではないかと思います。

和紙の産地でもあることから、紙風船を「オマケ」として全国に広めたのは富山の薬売りなんだそうです。
上方や江戸の文化を版画として広めた功績も大きいでしょう。

結局のところ、富山の薬売りは、「薬」よりも「情報」を商ったのではないかと、そんな気がします。
それまでは庄屋さんのところにしか行かなかった配置薬を一軒一軒置いて回った富山の薬売りは、戦前には台湾や満州にまで脚を伸ばしたと言います。
そんな県民性もあって、コツコツと歩いた薬売りからの情報を人々は待ち望んだことでしょう。

モノあまりの時代、モノに情報を載せて売ると言うことも考えていかなければいけないんだろうなと思います。

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Comments

2 Responses to “富山の薬売り”

  1. 竹本淳一 より:

    富山の薬売りのお話

    とても参考になりました。ありがとうございます。
    お客様リストをきちんと作り、どちらかというと富裕層を相手にしていたということは、聞いたことがありましたが、

    紙風船、のオマケや、情報を伝えるということは、興味深いです。感謝

  2. 福田 浩 より:

    コメントありがとうございます。
    今、ウメケンという会社のインターネット戦略を錬っています。

    お客様リスト云々というのは確かにそうなんですが、これは大福帳に象徴されるように日本人の顧客管理・データーベース管理の基本であって富山売薬の特徴といえるほどのものではないと思うんですね。
    確かにスゴイものだと思うけど、それを言ってしまうと当時の商売人はみんなスゴイということになってしまう気がする。

    薬なら奈良の大和売薬や百人一首にも出てくる伊吹山のモグサとか歴史のあるところはたくさんあります。富山売薬の元になった反魂胆はもともとは備前岡山の薬ですしね。
    地理的な条件なら京大坂との距離から言っても越前の方がずっと良いと思うんです。

    賢い!っていうよりも、そこまでやるかぁ!というところ。
    それが薬売り=富山になっていったんでしょう。

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