同調圧力というのは、本当に怖いものだとつくづく思う。
異論は歓迎されない。ただ、「みんな」の意見を補強する意見のみが歓迎される。
ひとたび異論が出てくると、論理で反論するのではなく、個人攻撃・人身攻撃で排除される。
結果として周囲を見回し、自分に異論があっても、他に異論がないようならば、異論の表明を控える。
そうして、「全会一致の幻想」が現れる。同調現象の結果の採決は、「みんな」が賛成あるいは反対していると信じられ、それ以外のものを排除する。
自分が同調を受け入れたら、今度は自分が他者に対する同調源となる。
なんともまぁ、あほらしいことだと思う。
同調圧力によって排除されたり、同調圧力の中で苦しんでいる人の声は、同調圧力の幻想の中にいる人には届かない。
僕はジャストシステムユーザーなので、メールソフトはShurikenです。
ウィルス除去の何とか言うソフト以外は、ジャストシステム大好き。
ある人にメールソフトの相談を受けたので、Shurikenをお勧めしました。
結構いろんな工夫が有って、使いやすいんですよ。
特に迷惑メールの処理なんかは上手いこと出来ています。
多いですからね。迷惑メールは。
ただ、HTMLメールの作成機能については今ひとつ。
まぁ僕らはHTMLメールは嫌いですからね。何を潜り込ませてくるか分からないですし
知らない人から来たHTMLメールはまず見ません。
HTMLメールは添付ファイルとテキストに分かれて見えているので、知っている人から来たモノでもHTMLの部分だけ消してしまいます。
ShurikenのHTMLメールの扱いは、僕は気に入っています。
ところが、お勧めした人がね。
「色替えるのどうするんですか?」「文字の大きさはどうするの?」
えっ、それってHTMLメール??
そんなん言われても、僕HTMLメールなんか作ったことない!
しばらくヘルプやらなにやら見てみたのですが、さも当たり前のように出来るみたいでよく分からない。
時間がないので、ジャストシステムのヘルプデスクに聞いてみました。
ここのヘルプは結構好きなんですよ。丁寧で親身になって教えてくれる印象があります。
どうもワードとか一太郎を起動して、そこでHTMLを作らせるみたいですね。
ところが、Shurikenに戻ってきたところでちゃんと出ない。
ヘルプデスク曰く、「不完全なのでちゃんと出ないことが有ります」
埒があかないので、いろいろ調べたら、どうもCSSが出ないらしい。
ワードや一太郎でHTMLファイルを作るときにCSSを出さない設定にすると、ちゃんと出ました。
。。。半日かかりました。。。
僕はジャストシステムユーザーなので、メールソフトはShurikenです。
ウィルス除去の何とか言うソフト以外は、ジャストシステム大好き。
ある人にメールソフトの相談を受けたので、Shurikenをお勧めしました。
結構いろんな工夫が有って、使いやすいんですよ。
特に迷惑メールの処理なんかは上手いこと出来ています。
多いですからね。迷惑メールは。
ただ、HTMLメールの作成機能については今ひとつ。
まぁ僕らはHTMLメールは嫌いですからね。何を潜り込ませてくるか分からないですし
知らない人から来たHTMLメールはまず見ません。
HTMLメールは添付ファイルとテキストに分かれて見えているので、知っている人から来たモノでもHTMLの部分だけ消してしまいます。
ShurikenのHTMLメールの扱いは、僕は気に入っています。
ところが、お勧めした人がね。
「色替えるのどうするんですか?」「文字の大きさはどうするの?」
えっ、それってHTMLメール??
そんなん言われても、僕HTMLメールなんか作ったことない!
しばらくヘルプやらなにやら見てみたのですが、さも当たり前のように出来るみたいでよく分からない。
時間がないので、ジャストシステムのヘルプデスクに聞いてみました。
ここのヘルプは結構好きなんですよ。丁寧で親身になって教えてくれる印象があります。
どうもワードとか一太郎を起動して、そこでHTMLを作らせるみたいですね。
ところが、Shurikenに戻ってきたところでちゃんと出ない。
ヘルプデスク曰く、「不完全なのでちゃんと出ないことが有ります」
埒があかないので、いろいろ調べたら、どうもCSSが出ないらしい。
ワードや一太郎でHTMLファイルを作るときにCSSを出さない設定にすると、ちゃんと出ました。
。。。半日かかりました。。。
僕は、ものすごく見切りが早い。見放すのは早いと言われる。
僕を待っている人はいっぱい居るしテーマもいっぱいあるんだからそれは仕方がないことと割り切っている。
ただ、自分がコントロールできているときと、出来ていないときがある。
あんまりネチネチとイヤになることは無い。。
ネチネチ言っているときは、まだ全然大丈夫。
大きな問題が起こったときもわりと耐えてる。
イヤになっているように見えてても、たいていはポーズか、本当に抜けようと思ってそういう事態を計算して作り出しているか、どちらにしても計算しているかな。
問題を解決する道筋として計算した上でやっているか、もう駄目だとあっさり諦めているか、どちらにしても、自分をコントロールは出来ている。
みんなが吃驚するくらい小さいことが駄目なんだわ。
スッ~とイヤになる。これは駄目だなぁ。
こういうときは自分をコントロールできていない。
こういうことはだいたいプロジェクトの最後で起きる。
まぁ、どちらにしても完成したら飽きるんだけどね。
見えないものを見、聞こえないものを聞く。
これはいろんなところで言えるのだけれども、マジョリティーはたいてい声を上げない。いわゆるサイレントマジョリティーになっている。
ところが、多くの人は自分に届く情報、自分に近い情報をマジョリティーだと感じてしまう。これが大きな落とし穴になることが往々にしてある。
マジョリティーが声を上げたときには、とき既に遅しと言うことも良くあること。
見えないものを見、聞こえないことを聞くために、僕が心がけていることが3つある。
1つめは
「見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞く」という自分を自覚すること。
僕たちは多すぎる情報をより分けながら生きている。
じゃぁ、どういう基準で分けているかというと、自分にとって心地よいかどうか。に他ならない。そう言う自分をまずは自覚しなければいけない。
これは、簡単なようでたいへんに難しい。
2つめは、
「心の目」で見ること。
想像することと言ってしまえばそれまでなんだけど、「肉眼」に対して「心眼」という意味で「心の目」と言った方が近い。
例えば、データを分析したりするとき、まず自分に都合の良い結論を出そうとする自分がいることを認識すること。これはいるんだから仕方がない。
そこを自覚することで、その向こうにあるモノが見えてくる。肉眼ではない心眼が開ける入り口がそこに有るような気がする。
3つめは
「見えないものを見、聞こえないものを聞くことは出来ない」ことを自覚すること。
これは、やはり完全には出来ない。
出来るという慢心をまずは捨てなければいけない。
そうすれば、サイレントマジョリティーの声はかすかに聞こえてくる。
「大切なモノは目に見えない」というのは、星の王子様の話だったか。
先輩に地ビールをいただきました。
うちの亡父は、弱いくせに酒好きで。
瀬戸内の漁師の家系なので、田舎に帰ると一日中飲んでいるようなところなので仕方がないんでしょうが。
父の醜態を子供の頃から見ているので、うちで飲む気にもならないし、外でも乱れるほどには飲みません。
だから、父が亡くなってからは、うちには酒はもらいもの以外はありません。
貰ったものは、有り難くいただく質なので、冷やして飲んでみました。
黒ビールでね。なかなか美味でした。
台所をずいぶん探して栓抜きを探してきて
シュポッと栓を抜いて、グラスにトクトクと注いで。
近くのニッショーで半額になった刺身をつまみながら、空になったビールビンを眺めていると、父親のことがちょっと懐かしく思い出されました。
男の子はたいていそうだと思うのですが、僕は父親とどう接していいのか最後まで分かりませんでした。
父親が亡くなったあとのほうが、父親と話せている気がします。
遺影の父親ともうすぐ同じような歳になりますが、不思議な気持ちですね。
北須磨高校2回生の先輩方に呼び出されて、6回生、垂水中学25回生でやってるメーリングリストやアルバムについて説明してきました。
母校の視聴覚室をお借りして、パソコンを使っていろいろとお話ししてきました。
皆さん、音楽部(僕らの頃は合唱部でしたが)の先輩方でしたので、音楽部の話もしながら、楽しい時間を過ごしました。
さっそく、2回生もメーリングリストをつくり、動かしていくことになります。
もう諦めてしまったようなこと、例えば僕らだったら当時の僕ら合唱部が本当に上手かったのか。いっぺん聞いてみたいやないですか。
でもまぁ、それもなかなか難しい話で、まぁいいやってことになるわけですが。
今なら、まだ誰かが持っていたりするわけですよ。写真とかね。
できたらそう言うものをデジタルに置き換えて、ネットで共有できたらええなぁ。
今ならまだ出来るからね。。。。そんな話も出てきました。
一通りお話をさせていただいたあと、試験中ということで誰もいないグラウンドへ降りる階段に座り込んでドーナッツを食べながら当時の話、その他いろんな話をしました。
ちょっとねぇ。青春ドラマみたいで良かったですよ。
飲み会も良いけど、あれはなかなか出来ない体験ですよ。
6回生でもやりたいねぇ。
「福田さんに出会った人は夢が叶ってる」
去年、そういうことを言われてから、そのことをずっと考えてるんやけど。。。
今、垂中の同窓会をやってて、結構ねぇ。いろいろ考えることあるなぁ。
「気持ち」で止まっている人を、「行動」に移させるは、僕は結構得意なんですよ。
簡単なことでね。
「気持ち」+「プラン」=「実行」なんですわ。
気持ちだけで止まっている人はとても多い。
そこに「プラン」が無かったり、稚拙だったりして、行動に結びつかない。それが実現されない「夢」になっていく。
逆に「プラン」があっても、「気持ち」が無ければ、実現はしないですわね。
僕は、システムエンジニアやから、「プラン」を建てるのが得意なんやと思う。
だから、気持ちに「プラン」を添えて、実現に向かう。
そこで、一つ大事なことがあって。
「気持ち」というのは、コントロールできなあかん。
大きな「気持ち」というのは一つで良いんやけど、実現に向けて「気持ち」を切り替えていかなあかん。
「気持ち」というのは、たくさん同時に持つことは出来へんのやね。
この「切り替える」というのが曲者で、新しいモノを入れると言うことは、古いものを捨てると言うことでもある。
ところが、「気持ち」を切り替えられへん人がおるんやね。
プロジェクトというのは、竹の節のように区切りを付けていかなあかん。
「気持ち」に「プラン」がついて、行動に移っても、「プラン」が済んだら、前の気持ちを捨てて、次の「気持ち」に移っていかなあかん。
それが出来ないと、「気持ちだけで実績が出ない」という以前と同じ状態になる。きっとこの位置は居心地がいいんやろね。
ビジネスの世界でも、そう言う人は多い。特にはじめてビジネスをする人にはまずそうなる。
僕はそういう感じになったら、まず飽きるし、見放す。時間の無駄やしね。
でも、垂水中学25回生の同窓会を見てて、ちょっと待てよ。そんなに単純な構図でも無いぞ。という気がしてる。
みんな熱いんだわ。でも、熱いだけで「実績」を問われる「実務」から見ると、遊んでいるとしか思えん。
ビジネスならとっくに見放しているところなんですが、そう言うわけにも行かず、見るてるんだけど。
遊んでいる人は遊んでる人ということで、割り切ってしまうと言うのも手かもしれんね。
複数の「気持ち」が多層を成していて、素人的な「気持ち」は対外的な建前を表し、プロとしては深部で気持ちを切り替えていく。
ビジネスの世界では、許されないことだと思っていたけど、例えばビジネスの世界でも消費者を巻き込んで云々みたいなことだと、そう言うこともあり得るかも。
ギャラリー画市さんが店を閉めると言うことで丁寧な案内が来ていました。
もうかなり前のことになりますが、絵に嵌っていた時期があってね。
あのころは、月に1枚は買ってたです。
子供の頃は絵が大の得意で賞状もたくさん持っていたのですが、転校した先の美術の先生が嫌いでね。
美術もすっかり嫌いになったので美術の知識は全然ありませんでした。
駸々堂が三宮にあった頃、リャドというスペインの画家さんのカロリーナ・アミーゴ嬢という絵に出会ってから、それはそれは嵌りました。
なんというのかなぁ。いい絵というのは日々発見があり、飽きないんですねぇ。
「名画と暮らす」と僕は表現していましたが、絵と共に暮らすと、絵と共に何かこう成長していくような気がします。
最初はほんとうに何も知らなかったです。
はじめは、アールビバンをはじめとする大手版画屋さんに出入りして、分かっている人にも分かってない人にもいろいろ出会いました。
どんなに粘られても断る交渉術も身につけました。
丸善の平野さんには歴史上の巨匠から今頑張っているユニークな作家さんまで、いろんなものを見せていただきました。
丹青美術の下農さんとは一緒にメールマガジンを発行したり、ネット販売やネット画廊など、いろんな企てをしました。
最近お逢いしてないですけど、マイミクのクリさんをはじめ、ユニークな画商さんにたくさん会ってきました。
会うたびに僕の眼力のテストをするおばさんも居ましたねぇ。
僕に嫁さんを紹介するなんて言ってたけど。まぁ、ほんまに画商さんたちとのお付き合いは楽しかったです。
下農さんに「なんで画商さんってこんなにユニークなんですか?」って聞いてみたことがあって。
「そらな、まわりがユニークな人ばっかりやからや。
まず画家さんが変わりもんばっかりやろ。
次にお客さんが変わりもんや。だいたい絵を買うという時点でスゴイ感性を持ってる。そんなん変わりもんに決まっている。
そんな連中と付き合ってたら、こっちも変わりもんになるわ。」
この画市の画商さんたちも、僕が出会った変わりもんのユニークな画商さんたちでね。
確か丸善で出会ったんですよ。ちょうど店を出したばかりの頃でした。
あのときは4人だったかな。みんなそれぞれ自分の仕事を持っていてね。
画商さんってそれぞれ得意分野があって、上手く補い合ってやっているんですよ。
そんな4人がみんなで国際会館に店を持つのが夢だったんだって熱く語ってました。
みんな交代で自分の得意分野の企画展をやったり、店番をやったりしてました。
僕もよく駄弁りに、かっこよく言うと元気を貰いに行ってました。
そごうの新館と繋がっていたころは客層も良くてクレジットの準備はしていてもほとんど使うこと無かったんだそうですね。
新館にロフトが入って客層が一気に変わったって言ってましたねぇ。
今回、それぞれのお仕事が忙しくなって、店を閉めるということです。
あの夢に満ちた頃を忘れずに、頑張って欲しいですね。
絵だけではなく、元気を貰った顧客の一人としては、そう思います。
最近、ちょっとデータベースの設計をするのにVISIOを買ってしまいました。
システムエンジニアをやっているときは、ワードよりも重宝していたビジオですが、あんなに高かったっけ。
高校生の甥っ子にアカデミック版を買わせようと思ったのですが、その代償に何を買えっていわれるか…PS3でしょうが…分からんので正規版を買いました。
ところが、お仕事モードになかなかならないので、ネットでいろいろ見ていると見つけてしまいました。
DBDesingner4 http://dbdesigner.iimp.jp/
えぇ~、ただやん。しかもビジオよりさくさく動くやん。
でもまぁ、めげずにビジオをいろいろ見ていると、要らん機能ばっかりなんやけど、結構面白い図が描けそうです。
ワードも最近は図をいろいろ描けるんですけどね。やっぱりビジオはすごいわ!と、ちょっとご機嫌を直しました。
システムエンジニアをしているとき、求められた能力の中の一つが「図を書く」ということでした。
難しいことを説明するために、お客様や部下、そして大事なことは自分に対して、分かりやすく説明するためには「図を描く」ということはとても大事です。
決められた形で図にすることで、一つ大きな視点からものを見ることが出来ます。このことは抜けを防ぎ、精度の高い仕事をするためにはとても大切なことです。
とまぁ、自分を慰めています。
